民族 共生 象徴 空間。 2020年7月12日オープン! ウポポイ(民族共生象徴空間)の見どころ8選(北海道/白老町)

美術手帖

モニュメントのモチーフは、アイヌが先祖を供養する儀式などで使う祭具「イクパスイ」だという。 日本が近代的国家を形成していくなかで「発見」された「陋習(ろうしゅう)」とその禁止とは、わが国が実現すべき「近代的国家」にふさわしくない「いやしい習慣」や文化を持つ者たちを「劣った存在」と見なしたということにほかならない。 また、これに加え、北海道庁を中心として、アイヌの人々の生活向上に関する施策が実施されてきました。 今後のアイヌ政策は、国の政策として近代化を進めた結果、アイヌの文化に深刻な打撃を与えたという歴史的経緯を踏まえ、国には先住民族であるアイヌの文化の復興に配慮すべき強い責任があるということから導き出されるべきである。 しかし、そのような背景を説明するものを、筆者は上記「研究者による人骨の収集と返還への道のり」の解説パネル以外に見つけることはできなかった。

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ウポポイについて

プロジェクションマッピング プロジェクションマッピング 撮影:ユーラシア旅行社 撮影:ユーラシア旅行社 ウポポイ 民族共生象徴空間 をめいいっぱい楽しんだ最後を締めくくるプログラムは、 日没後に行われるプロジェクションマッピング!こちらは整理券などなく、自由見学になります。 メインカラーとして、伝統的なアイヌの服飾に用いられることも多い、紺と赤を採用。 しかし、2007年 平成19年 に国連において「先住民族の権利に関する国連宣言」、2008年 平成20年 に国会において「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択、2009年 平成21年 に民族共生象徴空間の整備、実現への動きが始まりました。 ウポポイイメージ 提供:(公財)アイヌ民族文化財団 【ウポポイの主な施設】 ・国立アイヌ民族博物館 先住民族アイヌを主題とした日本初の国立博物館。 また慰霊施設は、中核区域の東側に位置する高台に整備されています。 オ 民族共生象徴空間(ウポポイ) 民族共生象徴空間構成施設の管理業務等を指定法人に委託することとしています。

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美術手帖

女性の仕事である織物、刺繍、編み物は、いずれかを目の前で実演してくれます。 4 現在に続く、私たちの歩み」の一部として展示されている『われらアイヌ民族』『民族連帯を求めて』『どっこいアイヌは生きて居る』などの和人からの差別への抗議を記録したアイヌの冊子類だ。 冬の季節になるとポロト湖には氷が張ります。 また動物の「トナカイ」や魚の「シシャモ」もアイヌ語であり、私たちの身近でもアイヌ語由来のことばが使われていることが分かります。 国立民族共生公園の植物についてはガイドプログラムが用意され、フードコートではアイヌ文化を生かしたメニューが提供されている。

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民族共生の象徴となる空間:アイヌ政策推進会議

国立アイヌ民族博物館ロゴマークコンセプト• (2)構成施設 ウポポイは、「中核区域」及び「慰霊施設」の2つのエリアに分かれています。 この談話に基づき、同年7月に内閣官房長官の私的懇談会として「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が設置され、平成21年7月、同懇談会は、アイヌの人々が先住民族であるとの認識に基づいてアイヌ政策を展開していくべきであることなどを提言する報告書を取りまとめました。 ウポポイ 民族共生象徴空間 の体験プログラム見どころ8選 チセ アイヌの住居 見学 チセ内部 撮影:ユーラシア旅行社 伝統的コタン 集落 エリアには、 完成したチセと 建設作業中のチセがあります。 19世紀後半から、アイヌ民族の起源をめぐる研究が盛んになり、日本国内外の研究者などによって墓地から人骨がもちさられました。 遺骨問題の一時的な「避難場所」として、民族共生象徴空間に慰霊施設はつくられたのだ。

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民族共生の象徴となる空間:アイヌ政策推進会議

基本展示室では、「私たちのことば」、「私たちの歴史」、「私たちの仕事」、「私たちの交流」、「私たちのくらし」、「私たちの世界」のテーマごとに、現代に息づく多様なアイヌ文化とそれに関わる人々を多角的な視点から紹介します。 どういうことか。 筆者は以前から、日本に国立の戦争博物館をつくるための議論の必要を主張してきた。 他方、北海道の地名の多くはアイヌ語に由来しており、例えば「札幌」は、アイヌ語で「乾いた大きな川」を意味する「サッ・ポロ・ペッ」に由来すると言われています。 慰霊施設には前庭があり、広場の機能を有している。 こうした差別や偏見を解消するとともに、今後、新たなアイヌ政策を円滑に推進していくためには、アイヌの人々について、国民の正しい理解と知識の共有が不可欠である。 同館はこの「人類館事件」を真摯に受けとめ、「展示」という営為についての反省的な視点をもってしかるべきではないかと、和人のひとりである筆者は強く思う。

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民族共生象徴空間

ここでの「歴史」は3万年前から始まっているが、「1457年 コシャマインの戦い」「1669年 シャクシャインの戦い」「1789年 クナシリ・メナシの戦い」など和人に対するアイヌの蜂起に記述が割かれているほか、「1515年 ショヤ・コウジ兄弟率いるアイヌ勢が蠣崎光広(かきざき・みつひろ)と戦う」「1536年 タリコナ率いるアイヌ勢が蠣崎義広(かきざき・よしひろ)と戦う」「1643年 ヘナウケ率いるアイヌ勢が松前藩と戦う」などのアイヌの抵抗の歴史が年表化されている。 しかも同公園は、以上の経緯に見るように国立である。 解説パネルはこの小テーマを「南から和人、北からロシア人がやって来ると、19世紀後半にはアイヌの住む土地に日本とロシアの国境ができました。 明治に入ってからは、和人が大規模に北海道へと移住し開拓が進展する。 アイヌでありクリスチャンであったという知里の複雑な人物像が、細かな筆致からもうかがえる。 平成26年6月には、「アイヌ文化の復興等を促進するための民族共生象徴空間の整備及び管理運営に関する基本方針について」が閣議決定され、政府においては、北海道白老郡白老町にアイヌ文化の復興等に関するナショナルセンターとして、「民族共生象徴空間」の整備を進めてきたところであり、令和2年4月に予定された一般公開に向けた措置が必要となっていました。 電車での移動:最寄り駅は、JR白老駅。

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ウポポイについて

平成29年6月、『アイヌ文化の復興等を促進するための「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営に関する基本方針について』の一部変更が閣議決定されました。 また、我が国が将来に向けて、先住民族の尊厳を尊重し差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴として整備するものです。 ゴザの作りの道具も興味深い 撮影:ユーラシア旅行社 国立アイヌ民族博物館 国立アイヌ民族博物館 撮影:ユーラシア旅行社 国立アイヌ民族博物館の建物2階に展示室があります。 アイヌが己の文化や己自身に誇りが持てないできたのは、和人政府による 非人道的な同化政策の結果だったのに、その根本的な事実がここからはほとんど見えてこないからである。 そして、ステンレスという素材の選択からも、ここにどのようなアイヌ文化への尊重があるのかが判然としない。 「私はあなたの『アイヌ』ではない」と(*10)。

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ウポポイ(民族共生象徴空間)について

ウポポイ(民族共生象徴空間)とは、そのような姿勢をもって読み解かれるべき場である。 しかしここも同様に、解説が充実しているわけではない。 本来は30センチメートルほどのものだ。 ウポポイは、アイヌ文化の 復興と発展の ナショナルセンターです。 これに関連して、同展示コーナーの「研究倫理をただす」の解説も引用しておこう(いずれもアイヌ語の表記はない)。

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