球磨 川。 清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域群市民の会

背後で堤防が切れた音 恐怖で足震える中、撮影した動画:朝日新聞デジタル

家屋移転(549世帯) 99パーセント完了• 京都大学は、仮にこのダムが計画通りに建設されていた場合、氾濫を避けることは不可能でも市内中心部に溢れ出る水量を一割以下に抑えられたであろうと試算した。 ダムによらない治水の検討 [ ] 川辺川ダムの建設が中止となった2009年以降、球磨川水系を管理する国土交通省は、川辺川ダム以外の治水対策の現実的な手法について「極限まで検討し、地域の安全に責任を負う者の間で認識を共有する場」として国・県・流域市町村による「 ダムによらない治水を検討する場」を設け、12回にわたって検討を行った が、ダム以外に検討されうる「直ちに実施する対策」による治水手法では実施後に得られる治水安全度が現状よりは向上するものの、(ダム建設を前提とした)河川整備基本方針で想定した「80年確率」より明らかに低い「5年確率」ないし「10年確率」にならざるを得ないことが示されたことに住民説明会での懸念が相次ぎ議論がまとまらなかったことも踏まえ、2015年に「検討する場」を終了させ、新たに「 球磨川治水対策協議会」を開催し 、以下の9つの治水案を示した。 釣行の参考になれば幸いです。 球磨川の通常における流量は平均で毎秒86. - 国土交通省九州地方整備局・熊本県• 地元熊本県内でのダムに対する疑問も、この時期起こり始めた。 ダムが放流した際は、出水による河川の増水に備えるよう心がけてください。 いやいやエグいなこれ。

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背後で堤防が切れた音 恐怖で足震える中、撮影した動画:朝日新聞デジタル

(昭和47年)7月 - により64戸が損壊。 この水没世帯数はの()の945世帯、の(和賀川)の622世帯、奈良県の()の529戸、の()の466戸に次ぐ日本では5番目の大規模な水没対象となる。 一部からは電源開発が事業をそのまま行っていれば、川辺川ダムは既に完成していたという見方すらある。 川辺川総合開発事業としてダム建設に着手した。 2020年7月18日閲覧。 (いづれも球磨川水系) また、現在確認されている意外にも球磨川水系は氾濫危険水位ギリギリの場所が多く、球磨川支流の万江川、川辺川も氾濫危険水位をすでに超え、SNSでは氾濫したとの声も聞かれます。 建設省河川局監修・『日本の多目的ダム』1990年版(山海堂、)• [ ] ダム事業の進捗状況 [ ] 2013年3月末の用地取得、家屋移転、代替道路、ダム関連工事などの進捗は次の通りである。

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川辺川ダム

ダム建設に基づく利水計画への賛否 [ ] かんがい目的は川辺川ダムの目的の一つであった。 データは国土交通省川の防災情報よりリアルタイムで取得していますが、水位計測自体が10分おきですのでご留意ください。 川辺川ダム建設などもってのほかとした。 (平成24年)• 球磨川ではと人吉盆地においての建設を主体とした河川改修を実施していたが、(昭和24年)のと、(昭和25年)ので当初予定していた を突破する洪水が襲い、人吉盆地は再び浸水被害に遭遇した。 原告やダム反対派は「堰案」を支持した。 なお、計画中止後も流域12市町村で構成する「川辺川ダム建設促進協議会」は活動しており、同年8月20日にダム計画復活を含めた抜本的な治水対策を要望している。 - 失敗知識データベース ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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球磨川漁業協同組合 オフィシャルサイト

電源開発は瀬戸石ダムに続く大規模水力発電事業を川辺川に求め、1960年代に川辺川に大規模の建設を計画していた。 「」『読売新聞』2008年9月5日付• そして三年後の(平成15年)5月福岡高裁控訴審判決で「異議申し立て取り消しは無効」とする原告勝訴の逆転判決となった。 本会は会計事務所を、人吉市瓦屋町1655-3 川邊敬子宅内に置く。 (昭和25年)- による洪水で浸水被害。 (昭和61年)には水特法に伴う水源地域の指定及び水源整備計画の告示が行われ、コミュニティ維持を図るための代替地建設が開始され、頭地部落は水没予定地から山腹へそのまま集落を移転させる方式で整備が開始された。 「九州の豪雨 深いツメ跡 浸水被害一万八千戸越す」『日本経済新聞』昭和40年7月4日 15面• のあたりは日本でも有数ので、数多くのがある。

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球磨川漁業協同組合 オフィシャルサイト

(平成20年)• 当初は川辺川、球磨川のとへの及びを目的としたであったが、後に治水に目的を絞ったとして計画された。 1m(2020年7月の水害が起きるまで戦後最大)。 川辺川ダムは他の6ダム1湖沼 と共に指定され、通常のダムよりも手厚い補償対策が行われることになった。 日本初の本格的なダム撤去事例となる。 しかし、いろいろな方々からお話を伺ううちに、人吉・球磨地域に生きる人々にとっては、球磨川そのものが、かけがえのない財産であり、守るべき「宝」なのではないかと思うに至ったのです。 その水は、元は南西の()方面に流れ出ていたとみられるが、周辺のの活発なによる噴出物で大口方面への流路が塞がれ、やがて人吉盆地を取り囲む山々の中で低い球磨村の一勝地大坂間へ溢れ出し、球磨川が誕生したと推定されている。 概要 [ ] かつては人吉から八代まで巨岩がひしめく急流が続き、に利用するのが難しかったが、22代当主ので出身のが、(2年)から私財を投げうって開削事業に着手し、無数の巨岩を取り除く難工事の末、(寛文5年)には川舟の航行が可能な開削が完成した。

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球磨ショップ「球磨川亭」

2 km) 90パーセント完了• 年間100日以上も朝霧が発生し、発生頻度は日本で1、2位を争うが、その霧の原因は球磨川である。 支流脇にある千寿園 が水没 、入所者14名がする など被害多数。 また、下流の八代市についても萩原にある通称「萩原堤防」は200年以上も破堤していないとし、球磨川の治水にはダムは不要であると論じた。 - 蒲島郁夫知事は球磨川の治水策について、「 今回の災害対応を国や流域市町村と検証し、どういう治水対策をやっていくべきか、新しいダムのあり方についても考える」と述べた。 そして、河川管理者である国は、その責任を全うするため、計画的に河川整備に取り組んでいます。 組合員向け情報 各種申請書がダウンロードできます。

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球磨川

双方の主張とは概ねこのようなものであった。 建設省河川局監修『多目的ダム全集』(国土開発調査会、)• 有識者会議の意見書は国土交通省・反対派団体のどちらにも与するものではない評価であったが、反対派はこのような態度も厳しく批判し、従来通り川辺川ダム中止を求めていた。 この中で8月、相良村村長であったは第三の道を求めて利水事業からの離脱を表明、11月には従来賛成の立場であった川辺川ダムについても反対の姿勢を採ると表明した。 (昭和39年)8月 - 家屋損壊・流出44戸、床上浸水753戸、床下浸水893戸。 2020年7月15日閲覧。 である熊本県・境のにを発し、の里として知られるを流れ、北から流れてくる谷内川を併せる。 私たちは、「生命・財産を守る」というとき、財産を「個人の家や持ち物、公共の建物や設備」と捉えがちです。

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球磨川の氾濫による被害の状況は・芦北町や球磨村など浸水被害広範囲か

令和2年7月豪雨 [ ] 詳細は「」を参照 ダム以外の治水策が定まらぬ中、平成後期からと呼ばれる雨域が度々発生し、、、といった豪雨災害をもたらした。 これを受け、国・県・市町村合同による「ダムによらない治水を検討する場」が始まり、現在に至っています。 県内外の反対派と連携して反対活動を広げた。 義援金募集は、建設反対運動の延長としてやりなさい。 。 ただし、五木村は仮に川辺川ダムの事業が中止になったとしても、五木ダムだけは必ず建設して欲しいと要望している。

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